明治34年 | 8月23日、東京・浅草千束に生まれる。本名、太田重次郎 |
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大正8年 | 8世芳村伊四郎に入門 |
10年 | 2世芳村辰三郎を襲名。 杵屋六葉満(6世伊十郎夫人)に師事。 |
昭和8年 | 4世芳村金五郎を襲名。 |
10年 | 東宝劇団の結成とともに長唄部長として参加。 |
13年 | 3世杵屋栄蔵の勧めにより、9世芳村伊四郎を襲名。 同時に、2世大薩摩芳英太夫を継承。 |
18年 | 長唄国光会を発足し、吉田幸三郎・山田抄太郎とともに理事就任。 |
24年 | 長唄協会理事長に就任。 |
25年 | 芸術祭執行委員を委嘱される。 吉住慈恭の勧めにより、7世芳村伊十郎を襲名。 |
31年 | NHK放送文化賞受賞。 重要無形文化財〔長唄・唄〕保持者(人間国宝)に認定される。 |
32年 | 昭和31年度日本芸術院賞受賞。 |
40年 | 重要無形文化財保持者会の幹事に推挙される。 |
42年 | 京都・南座顔見世興行出演中、国際ホテルにて脳血栓に倒れ、療養生活に入る。 |
43年 | 紫綬褒章を授与される。 |
48年 | 9月20日、心筋梗塞にて死去。72歳。法名・芳蓮院殿観音日伊居士。 |