現在の芳村派

芳村・杵栄派については、浅川玉兎氏が、昭和47年末当時の状況を下記のように書き記している。

前家元3世栄蔵は、多年長唄協会長としてその手腕を発揮していたが、昭和42年11月逝去(享年80才)、先年5世正治郎をついでいた嗣子が4世栄蔵を継いで家元となった。
この派は先代伊十郎、伊四郎の全盛時代から引つづき劇場長唄の主流をなして今日に及んでおり、この派の大番頭格の杵屋栄二をはじめ、栄左衛門、栄美三郎らは芝居長唄界の至宝である。

 

なおこの派の大看板7世伊十郎は、その豊かな声量と洗練された技巧の上に、現代的頭脳的なものをもっている点、正に斯界の第一人者であるが、昭和42年12月、病におかされ静養中。一日も早く快復してステージに復帰してほしいものである。
この派の唄方としては、五郎治、伊千三郎、伊三蔵以下中堅幹部それぞれに特色ある芸格を持っており、三味線の栄二は多年古典の研究、復活演奏の功が認められ重要無形文化財認定者となっている。
なお、杵栄三味線陣では芝居にでない実力派として栄次郎、栄之助などあり、全国各地に散在する一門はおびただしい数にのぼり、全国的な大勢力として頗る優勢である。
家元直属の演奏会としては杵栄会があり、近年は栄二指導の若手勉強会など、地道で有意義な活動がつづけられている。(『長唄の基礎研究』より)

5世までは控え名として用いられていた「伊十郎」であったが、6世伊十郎・7世伊十郎がともに一世を風靡した大名人であったために、「伊十郎」の名跡が、広く世間に知られるようになった。
7世伊十郎の死後、芳村派はこの「伊十郎」の名跡の行方を巡る問題などで、分裂してしまう。
1つは、11代目芳村伊三郎(8代目芳村伊十郎・5代目杵屋栄蔵・7代目杵屋正次郎を兼名)を家元とするいわゆる堀留派(現在は文京区湯島に在住)。
もう1つが、7世芳村伊十郎の実子である11代目芳村伊四郎(前名は4世辰三郎)を長とする伊四郎派(世田谷区梅丘)である。伊四郎派は、平成11年に芳村家元と和解し、分家として認められ、現在に至る。梅丘直属の演奏会「芳友会」は100回を超える歴史を持っているが、現代の演奏家不足などの状況で、年1回の開催がようやくといったところである。将来的には、また一派団結し、長唄界を盛り上げていきたいものである。