新作長唄『芳尚葉』(今井久之・作詞/芳村伊十七・作曲)
【レコーディング・メンバー】
(唄)東音渡邉雅宏 今藤長一郎 今藤政貴 杵屋巳之助
(三味線)芳村伊十七尚 芳村伊十七 芳村伊十一郎 芳村伊十冶郎 大和櫻笙
(囃子)堅田喜三久 堅田新十郎 堅田喜三郎 望月太津之
(笛)中川善雄
(箏)米川敏子
【歌詞全文】※禁無断転載
[一部(大和楽風導入〈三味線と菊の故事〉)]
十二門前 冷光を融かし
二十三糸 紫皇を動かす
呉糸蜀桐の漢籍に
昔をしのぶ三つの緒の
流れをたどる糸筋に
いさごに映えて留まりて
貞心を厳霜のもとにしるす
庭をほしいままにして立ち
頸節を疾風のうちに知る
大輪の芳しき顔に 思いを馳せる
遠く聞こゆる絃声に
(ト 大薩摩となる)
[二部(長唄風回想〈娘時代の思い出〉)]
咲く白百合の かわゆらし
三人娘 道野辺に
何をおもわん 乙女心のいじらしさ
今日も稽古の 行き戻り
糸の調べに 風通う
飯田橋から 神楽河岸
今に伝える 賑わいも
やがて暮れ行く 水の面
(ト 大和楽「河」の前弾きになる)
[三部(大和楽風エピローグ〈三味線とわが人生〉)]
ひさかたの雲の上にて見る菊は
天つ星とぞあやまたりける
雨露の恩 尚古の気宇
三味線の 音締めにのせて
思い巡らす 人の世の定め
かばかりの匂いもあらじ菊の花
むべこそ花の聖賢たりけれ
その一代を 四君子の
列に加えて いさぎよし
ひちてながるる 水にさえ
波の皺なき 一葉を
芳尚葉と 末代に
伝うるるこそ めでたけれ
【解説】
師匠の高弟である高橋芳子(芳村伊十七尚)さんから依頼を受け、詞を作り、師匠が作曲いたしました新作です。
彼女のこれまでの人生でその大部分を占めている「三味線」、夢中に稽古に励んだ娘時代、そして運命の師と出会ってから三味線にひたすら精進するその姿勢を、中国の漢詩や漢文に取材して格調高く表現してみました。
全編を貫くテーマを何かの花で表すことができないかと考え、古来伝統的な歌材とされている「菊」を選びました。「菊」は、いかなる逆境にも揺るがぬ貞潔で公正無私な孤高の強い意志を持つ花とされ、「四君子」の一つでもあります。
その菊の葉を「芳尚葉(ほうしょうよう)」と名づけましょう!としたところが、この作品の眼目です。「芳」(=行為や志が美しい)・「尚」(=尊い、高尚である)ともに、大和楽・長唄それぞれの芸名に含まれている文字でもあります。
芸に対するひたむきな姿勢に敬意を表し、この詞を捧げます。