恋心口笛だけはよく吹ける
調べ室煙輪にして吹く女詐欺
指紋から事件が進む茶が苦い
軍鶏が唄って風の向きを変える
記事の巾これも新聞だから読む 驚六
「川柳」と聞いて真っ先に思い起こされるのは、柄井川柳による『誹風柳多留』であろう。現在、巷間に流行している川柳の嚆矢である。この柄井川柳を初代として、現在15代目の川柳がいるという事実を最近知った。自分の祖母の兄にあたる人が、14世川柳の弟子だったということが判明したからである。
根岸みだ六が14世川柳を継いだ後、昭和23年に東京・池袋で旗上げされたのが現在の東京川柳会である。14世は「伝統は革新されてこそ伝統である」と主張。スピード感のある川柳を目指し、「これはどう考えても自由だ」と川柳のあり方を標榜していたという。代表句「逆光線乞食羅漢のように立ち」「桃の中の虫の恍惚で死のう」に見られるように、新鮮な感覚に溢れている。東京川柳会のホームページによると、発足メンバーは、主宰の根岸川柳をはじめ、虚六・柳仏・ざぼん・かっぱ・晴彦、のちに、未完子(15世川柳)・一花・鯛六・二郎・春己・鋭之介・孤笛・驚六らが参加したとある。
この「驚六」というのが、祖母の兄にあたる外山驚六である。東京川柳会の機関誌「川柳」第145号(昭和39年10月発行)には外山驚六特集が組まれており、特別企画として「自選百句」が掲載されている。川柳の心得のない私にもとても面白く感じられたので、ここに紹介させていただくことにした。
001 子には子の世界があってボスもいる
002 条件が妻にもあって買う背広
003 嫁ぐ日を胸に数える仕付糸
004 胎動へ母となる日を縫い急ぐ
005 状差しが怖くてさくらにも酔へず
006 状差しの怖さ忘れて花に酔ひ
007 蟻の列金の無い日の目のやりば
008 廻り椅子アゴで給仕を呼ぶ葉巻
009 込み入った話へ障子アゴでしめ
010 騙されてみる気の腹へ夜の雨
011 カマス縫ふ母でまだいる空っ風
012 街の灯をくぐるピースを輪に吹いて
013 聞いてやるウソと聞かせるウソがあり
014 約束が秋にある娘の田植笠
015 宿の下駄別な灯へつつかける
016 天秤棒ふと思い出のあるかまえ
017 軍備論軍鶏抱く父の太い声
018 豆腐屋を二階で止めて下駄をはき
019 叱かられて障子へ涕をなすりつけ
020 母一人娘一人遠い夢に生き
021 漫画読むだけの女房で足りる日々
022 午後三時石屋で音がやんでお茶
023 どうも変だと思ったら四月馬鹿
024 今日の日を無きものとして叩く盃
025 影法師歩けば俺がついて来る
026 水ッ洟男の俺をクズにする
027 食ふだけの生活へ生きる水ッ洟
028 トタンじりじりラヂオを止めてくれ
029 捨てられた女と知った屋台の灯
030 大ジョッキ成程地球廻ってる
031 春の無い街へ焦点が狂う
032 ひねくれてみたい春ですオケラです
033 地球が欠伸―昆虫が踊る
034 水底の石よ狂うか四月馬鹿
035 断崖の男らしさへ夏と居て
036 生ビールある決断を教えられ
037 おんな泣かせて空の星かぞえ
038 どうしたらいいのよ茄子の肌に触れ
039 女体がほしい風鈴を捨てよう
040 頬かぶり明日を逆にして唄う
041 十代の抵抗唇だけ燃えて
042 嘘を憎まず太陽の裏側をみよ
043 幸と思う十本の指
044 素晴らしいイメージ太陽のむらさき
045 マッチ箱の中で胃袋が唄う
046 指ボキリボキリどうにかなるだろう
047 男のなみだ墓石の一点から流れ
048 軍鶏の足から拾った十月
049 おんなに影が無い爪をかくそう
050 電球を変えたら夢がこぼれた
051 重ねた掌の上に有限会社誕生
052 腕一本へおんな踏み切る
053 少年ベソかいて眼の中へ旗を立て
054 ウインドへ吊るした睾丸の汗
055 炎天へ振る賽は直角
056 ブラスバンドの中へつなぐ番犬
057 啄木の歌木ノ葉くるくる
058 石の大きさ俺を見失う
059 退屈、石の無意識を拾う
060 裏付、神は毛布をかぶる
061 石の目玉を懐にして春
062 赤い夜の僕は大人の楽器買う
063 複雑な笑いの中へ俺を置く
064 土管へ夕焼けルンペンが唄う
065 休日という石の横顔
066 夜の眼を盗む蚊の泣く声がする
067 秋がへこんだ石の寝返り
068 時間がほしい午後の階段
069 約束、馬クソから唄が生れる
070 北風、足の裏へ警官配置
071 小人石をみどりにして賭ける
072 洗った足からみどりの太陽
073 天才、白紙一枚また欠伸
074 溶ける炎の中の石っころ
075 コンパスが描く鼻の穴も夏
076 活字と歩く掌のおんな
077 僕が拾った落葉の中の星
078 確かに臭い―石の低音
079 今日を買うラッパ乾いた陽を沈め
080 第三の石がしぶとい僕は灰色
081 波紋、石段のぼる石二つ
082 次元をのぞいた眉へテープ
083 石の恥部から黒い小切手
084 眉に海がある―おんな
085 第三階段をのぼる壁のらくがき
086 秋が笑った―仮面七色
087 月の唇が燃えてみかんの皮がむけない
088 俺に音がある十二月
089 指の根ッこに俺をみつける今日が愉しい
090 軍鶏が札を数えるネクタイの赤
091 雑草に唄がある五指がある
092 台詞の無い顔と昨日の白いスライド
093 午後の無い女と青い週刊誌
094 お喋り墓石の下で音を組立てる
095 タイトルマッチ軍鶏の踵へ灯をつける
096 火花する―指の秒針
097 油の切れた歯車を掌へのせて冬
098 辞書に無いネヂが錆びてる十二月
099 落葉の乳房へみどりを設計
100 設計に無い太陽を青く塗る
この自選百句は、昭和29年~38年の作品を集めたものだが、初期の句から徐々に作風が変化しているのが面白い。古川柳のようにおちゃらけた句から、次第に農村の生活を題材にするようになった。万葉集を思い出させるような句もある。「石」を多く題材としたのもこの頃であろうか。ちなみに驚六の妹にあたる私の祖母は名を「いし」という。兄弟は皆、「いわ」「てつ」といった名であった。関連があるように思えてならない。晩年は、14世川柳をはじめとした他の同人に共鳴し、少ない字数で言い切る句形で、現代感覚をあからさまに表現するようになった。